例会報告
百田 尚樹氏

第12回政経・文化サロン「京・きずなトーク」

日 時 : 平成25年5月15日(水)
場 所 : 京都ブライトンホテル 慶祥雲の間
ゲスト : 百田 尚樹氏(作家)
テーマ : 「ゼロからの意味 〜国難を乗り越えた日本人の魂と絆〜」
対 談 : 杉岡 秀紀(事務局長/京都府立大学公共政策学部講師)
 


はじめに

放送作家でありながら、50歳を迎え作家としても活動を始めた百田尚樹氏。 2013年本屋大賞を受賞し、今最も注目されている百田氏からたくさんのことを学んだ。 今回のお話は2013年本屋大賞を受賞された「海賊と呼ばれた男」を題材に講演いただいた。


「海賊と呼ばれた男」前夜

東日本大震災後、百田氏の筆は止まった。どういうものを書けばいいのか、どんな小説を……、悩んだという。
「ゼロから」という今回のテーマはそんな時に百田氏が聞いた話から生まれたものだ。
そう、戦後「ゼロ」の状態から日本人は立ち上がったのである。彼はそれを思い出したとき、日本人はこの東日本大震災からもう一度立ち直れると確信したという。
百田氏は使命感を持ち、「海賊と呼ばれた男」一気に書き上げた。起きている間はずっと、日によっては、20時間も筆を握り、時に救急車で運ばれることもあったという。それほどまでに彼が書き上げたかったこの作品とは何なのか。

「昭和の象徴である」

と百田氏は言う。平成となり昭和が薄れていく今だかこそ、「昭和」を読んでほしいという気持ちを「海賊と呼ばれた男」に込めた。
先ほどにも述べたが、百田氏は東日本大震災直後にどういうものを書けばいいのか悩んだという。そんな時に「日章丸事件」を知った。これは現在の「出光興産株式会社」の創始者出光佐三氏にまつわるエピソードである。強調してのご講演だったこともあり、歴史上の事件をここで振り返っておく。


日章丸事件

昭和28年、サンフランシスコ条約が結ばれGHQの支配下に置かれた日本。当時の出光興産は資産もすべて失うほどの状況にあった。その1か月後重役会議が行われ、重役たちは社員のクビを切ることも考えていた。しかし、出光氏は個人資産をなげうって一人たりとも解雇せず、立て直しを決断した。彼は

「社員は家族だ。見捨てるなどけしからん」

と重役たちの反対を押し切った。そんな矢先に日章丸事件が起こった。世界の石油業界は当時欧米の国際石油資本(メジャー)が市場を牛耳っていた。それに対し、出光氏は民族主義を貫き、消費者第一で安い石油を提供するため、メジャーのやり方を非難し、メジャー以外から石油を購入することを決める。
当時イランは石油産油国として初めてメジャーに対抗し、各国に購入を呼び掛けていた。出光氏はこのイランと交渉を秘密裏に進めていく。この交渉は実行され、成功に終わった。しかし、彼らの力だけではなかった。東京海上が出光興産に対して保険を、通産省の人物はドルを提供したのだ。
自分たちの組織のためだけならきっと保険会社も官僚も動かなかっただろう。しかし、彼らは出光氏のこの意思と行動は、きっと日本のためになるという気持ちから協力をしたのだ。百田氏はこの気持ちこそを震災後の日本に、日本人に伝えたかったという。
敢えて繰り返そう。戦後60年が経ち、こうした熱い男たちがいたことが忘れ去られている。この事実をもう一度思い出してほしい、伝えたいという思いが生み出した作品が「海賊と呼ばれた男」なのだ。
百田氏の父親、叔父は戦争を経験し、氏は子どものころから身近に戦争の話を聞いていたという。しかしいま、戦争を経験した人たちが消えていっている。彼らの20代はすべて戦争であり、戦後日本は焼け野原。一から立て直してきたのはこの人たちなのだ。昭和20、30年代を立て直したのは「大正生まれの男たち」。この男たちは人のために生き抜いた不幸な世代。そして、彼らのおかげで今日の日本がある。そう、

「私たちがいまいるところは決してゼロなんかではない」

そのことに気付いてほしいと百田氏は力強く語った。


小説を通して伝えたいメッセージ

百田氏は言う。いまは豊かな時代、ゼロではない。そんな時代だからこそ、

「あきらめないで一生懸命働く大切さを伝えたい」
「生きる勇気、楽しみを感じて、日本に生まれてよかった!と思ってほしい」


と。百田氏の講演をお聞きして、改めて自分の生まれた国が日本でよかった、と感じた。


おわりに

東日本大震災から2年が経つがまだ復興は進んでおらず、被災者の心の傷も深い。しかし日本には戦後の復興をやり遂げた男性たちの存在がある。
私たちはゼロではない。彼らのことを思い起こすことでまだまだ負けてもいられない。そう自分を奮い起こすことができた素晴らしい講演であった。



    【文責:志賀江津子(京都府立大学公共政策学部福祉社会学科2回生)】

 



 

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