例会報告
菅沼清高氏

第607回定例会

 
日 時 : 平成22年2月15日(月)
場 所 : 京都全日空ホテル
講 師 : 菅沼清高氏 (元警察庁長官官房長)
テーマ : 「元警察庁長官官房長が語る〜現代社会における危機管理〜」


■交番が自分を育ててくれた

「私は交番で育ったようなもんです。」

このような出だしで元警察庁ナンバー2の菅沼氏の講演は始まった。

まずはここで菅沼氏の簡単なプロフィールを紹介しておく。

菅沼氏の母は京都人。その母の影響もあり、大学は京大法学部へと進み、京都で青春時代を謳歌された。大学卒業後は昭和 39 年に警察庁へ入庁。警察への道へ進んだ動機も明快で、菅沼氏のお父さまが警察官だったからとか。つくづく「縁」を大事にされる方である。

その後は、大蔵省、国税局などへの出向を経て、第1方面本部長、同警備部長、沖縄警察本部長、千葉県警察本部長、警備局長、そして、警察庁長官官房長と歴任され、平成8年に退官された。



■事実は小説より奇なり

「テレビでは語られませんが、事件はびっくりするような偶然に偶然が重なっておきるんです」

菅沼氏は実は刑事もの小説はほとんど読まない。

その理由は、実際に起きている事件はもっと複雑であり、小説ではその再現は難しいからだという。そして、菅沼氏がその最たる例として挙げたのが、昭和 34 年に起きた「浅沼稲次郎暗殺事件」である。

この事件は、テレビ的な文脈で言えば、当時の社会党党首であった浅沼稲次郎が、青年である山口二矢に日比谷公園での演説中に暗殺されるという、内容は悲惨だが、暗幕がいるわけでもなく、シンプルと言えばシンプルな事件であった。



しかし、捜査の裏側で分かってきたことは、これでもかというくらいに偶然に偶然が重なっていたのだという。とりわけ、警護の観点から言えば、ありえない偶然が重なって起きた事件であったようだ。具体的にその偶然を列挙すると、

“反佑詫0譴海留蘋發陵醜陲鯤麁擦靴親蒜篆景垢鮃愼匹靴討り、その記事をたまたま読んでいた。

犯人は事件当日、母と一緒にいたが、たまたま演説が始まる時間に母が買い物に行き、犯人は一人になった。

H反佑榔蘋皺饐譴肪戮譴討い辰燭燭瓠入場制限が厳しいはずの受付をほぼノーチェックで入ることができた。

と反佑会場に到着したとき、たまたま浅沼氏の演説が始まり、演説時に配られたビラまきに警備の注意が集中し、浅沼氏へのマークが甘くなった。

ケ蘋發里燭瓩離好董璽犬砲蓮△發靴發里箸に備えてステージにつながる階段を外してあったが、機材用の箱がたまたま近くに詰まれており、それが階段代わりに使われた。

浅沼氏にはSPがついており、ステージ袖で控えていたが、犯人がステージにあがったところが、たまたま死角になり見えなかった。

といった具合である。この偶然のひとつでも欠けたら、あのおぞましい暗殺事件は成立しなかった。翻って、この事件を含め、世間を揺るがす大事件というのは、往々にして、犯人の意図や計画だけではなく、その時々の偶然性が相重なって初めて大事件になり得る、ということである。

いずれにせよ、これこそが菅沼氏が
「事実はテレビでは語られない」「事実は小説より奇なり」
と評する所以である。

紙幅の関係で、これ以上は紹介できないが、菅沼氏からは、このほか、パクチョンヒ大統領殺人未遂事件や「吉展(よしのぶ」ちゃん誘拐事件、 3 億円かっぱらい事件、大韓空港爆破事件など、歴史的な大事件について、非常にリズミカルに「事件の裏側」、いな「真実」について、ご紹介いただいた。

最後になるが、今回の定例会の企画は、経済人クラブの上田雅弘会員による企画であった。
この場をお借りし、ご紹介差し上げることで、御礼に代えたい。


〜懇親会の様子〜


  

  

  



≪文責:すぎおか ひでのり≫