例会報告
吉田 昭二氏

第611回定例会

日 時 : 平成23年2月22日(月)
場 所 : ホテル西山
講 師 : 吉田 昭二氏 (京都古銭会会長・日本貨幣協会参事)
テーマ : 「銭形平次は何を投げたか」


「古銭収集=“使えないお金を使えるお金で買う”」

“1円を馬鹿にするものは、1円に泣く”とはよく言うが、今回は“一文を馬鹿にするものは、一文に泣く”と言わんばかりに、古銭の価値や魅力に圧倒された会であった。 “たかが一文、されど一文”、悠久の歴史の中で、貨幣が登場して以来、人々の手のひらから手のひらにそれはわたり続け、使われもし、貯まりもし、交換されるごとに何かの目的が果たされてゆく。まったく、銭ひとつにどれだけの人間の感情と機微と、あるいは工夫と歴史が詰まっているのか―、思わずそんな想像も感心もさせられた。

そんな一文銭をあの銭形平次は惜しみもなく投げるのだからとんでもない男だ。というのは冗談だが、タイトルにもあった通り、銭形平次が投げているのは何であったかというのは一同が気になるところであった。その答えを講師の吉田昭二先生は軽快な口調で説いていく。

平次の投げた銭は“びた銭”というもので、びた銭とは、日本の室町時代中期から江戸時代初期にかけて私鋳された、永楽銭を除く粗悪な銭貨のこと。それなら投げても差し支えないかという気にもなるが、そこにも吉田先生ならではの鋭いチェックが入る。

「(テレビドラマ等で描かれている)平次は銭を放っていますが、本来あれは縄でつながれているものですから、一つパッと投げれば残りの銭は全部落ちてしまいます。投げるには、ばらばらで使わなきゃいけない。そうぶつぶつ言うと、女房は静かにして、普通に見てよといやがりますが」

そう、もはや職業病と言っていい、先生の並々ならぬ古銭への愛着と探究心は、テレビドラマの脚本の盲点をまるで見逃さない。

そもそも、銭形平次とは架空の人物だが、その約 300 話にもなるシリーズの初めは、徳川家綱( 4 代将軍)時代の江戸が描かれており、ところがやがて家斉( 11 代将軍)時代に移っている。波銭を投げた平次も時代をタイムスリップしていたようだ。

有名と言えば、宮本武蔵も負けてはいない。こちらは実在した人物だ。宮本武蔵と言えば、決闘のシーンをまず思い浮かべるだろう。そして彼の眼光鋭いまなざしと共に、眼を覆う眼帯が連想されてくる。その眼帯が、ドラマなどでは何と「天保通宝」が使われているというのだが、ここにも“吉田チェック”が入った。

「天保通宝は文字通り、天保年間(幕末)。宮本武蔵は戦国時代から江戸時代にかけて生きた人。時代考証するとまず眼帯があり得なくなります」

古銭を愛する者として、突っ込まざるを得ないポイントだ。貨幣の歴史を紐解けば、例えば古代中国に如実に表れているが、為政者が移りゆく中で、古銭の形はそれを色濃く反映させて変わり、模様も変りもしてきた。時代を映す鏡としての貨幣の特徴はおよそ3,500年前から始まったと言われる。たった24ミリの大きさの一文銭に計り知れないものが詰まっている。それゆえに、貨幣の神秘さに魅せられた吉田先生は、その度にテレビに相対して突っ込む。奥さまの「もういい加減にしてください」という言葉を浴びてもなお―。

 「部屋中の足の踏み場がなくなっていき、寝る場所がなくなっている。古銭やっている者の宿命です」

そんな吉田先生から参加者へ、実際の本物の古銭が披露された。圧巻はやはり大判。手に取らせて頂いた大判の重みに一堂から感嘆の声があがる。気になるのはやはりその値打ちの話だ。およそ 180 〜 230 万円の価値という説明にさらに「おぉ」と会場から声が上がった。時代をさかのぼって、例えば天正年間のものは相当な額がつくらしい。

額はともかくとして、先生はこう言う。

「使えないお金を、使えるお金で買っている。それが古銭収集家です」

もはやそれは収集家としての性以外の何物でもないらしい。

今現在使っている硬貨も、いずれは「昔のお金=古銭」となるのだろうが、使っている私達当事者には、特別な意味などまだないあたりまえの硬貨であり、おそらく過去もそうして、何気なく通常の生活や環境で使用していたに違いないが、今それら過去の情報は、驚くほど事細かに我々に、知られざる悠久の歴史の紹介をしている。

古(いにしえ)の我が国に、タイムスリップさせてもらった―そんなひと時であった。

 

≪文責:佐野 正明≫


【懇親会の様子】